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    <title>ダイエットをやめて自由になる〜摂食障害と束縛からの解放〜</title>
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    <updated>2007-08-18T05:52:59Z</updated>
    <subtitle>摂食障害やダイエット依存から自由になるための
情報提供や交流のためのサイトです。
なぜ、私たちは「やせたい」と思うのか
なぜ、食べたくないものばかり食べるのか
一緒に考えてみませんか。</subtitle>
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    <title>コメント欄不具合について</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1627" title="コメント欄不具合について" />
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    <published>2007-08-18T05:51:18Z</published>
    <updated>2007-08-18T05:52:59Z</updated>
    
    <summary>古い記事のコメント欄がおかしい、 というコメントいただいてまして、 本当にごめん...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="管理人のつぶやき" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        古い記事のコメント欄がおかしい、
というコメントいただいてまして、
本当にごめんなさい。

新しい記事については問題ないんですけども
過去の記事の一部で動きがおかしいんですよね。

投稿したものがどこかへ行ってしまったわけではなく
ちゃんと頂いた分は、私には読めてるんですが、
画面に反映されてないんですよね。
私のレスも出てこない状態です。

迷惑コメントを自動でチェックしているサーバーの方の問題だと思うんですね。
それで、基本的には放っておいてなおるのを待つしかないので
ちょっとそのまま様子を見ていたんですけども、
過去記事にコメントくださった方、ごめんなさい。

根本的な解決になるかどうかわからないんですが
とにかく今サーバー移行作業してます。
大変もうしわけないんですが、もう少し待ってください。
頂いたコメントは消えておりません、ちゃんとありますので。

本当にごめんさい。

        
    </content>
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    <title>絶食療法　（「過食症からの生還」より）</title>
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    <published>2007-08-18T01:53:21Z</published>
    <updated>2007-08-18T02:29:31Z</updated>
    
    <summary>「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか？」 というご意見に対す...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか？」
というご意見に対する参考文献紹介シリーズです。（勝手にシリーズ化）
参照記事
→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_251.html">摂食障害とダイエット</a>
→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_256.html">鈴木式</a>

摂食障害の治療にあたって「ダイエット」という要素には全く注目しない
治療理論のご紹介です。

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4837611850/noranopoket04-22 /ref=nosim/" target="_blank">過食症からの生還―私は絶食療法で克服した (ビタミン文庫)<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/11NG765RX9L.jpg" alt="過食症からの生還―私は絶食療法で克服した (ビタミン文庫)" border="0" /></a>
]]>
        <![CDATA[タイトルを見ただけで
「絶食って、一番やっちゃいけないことじゃん」と一瞬思ったのと
過食症から「生還」とか「克服」とか言われると
なんだか過食症が救いのない絶望の淵みたいな感じがしちゃうよなー、
と思ったので、最初のひと目からなかなか印象深い本でした。

まず絶食療法について
11日間の水分のみ摂取する絶食期と
重湯などの回復食をとっていく5日間の復食期からなり
その期間、並行して内観日記を書くことで自己洞察をしていきます

<blockquote>絶食によって中枢機能の改善と心の成長が合わせて達成され、
さらに食事の正しい習慣が得られ、困難を乗り切ったという達成感を体得することによって、
多くの難治性の心身症やその他の関連疾患がよくなるのです（本文より）</blockquote>

この著者が「過食症が治る」というのはどのような状態だと考えているのかということは
治療効果の判断基準からみることができますが
「過食症状か社会適応性のどちらか、あるいは両方が改善する」
という状態と考えています。
過食をしなくなって家庭や社会で普通にやっていけるようになれば、「回復」
という判断になり、
食や体型に関する強迫観念やダイエットなどについては言及されていません。

社会適応性に対する治療後の経過（最短で半年以上経過後の調査）をみると
<blockquote>仕事や家事に前向きになった	64パーセント
自分を好きになった	71パーセント
人とうまくやっていけるようになった	71パーセント</blockquote>

過食症状に対する治療後の経過は
<blockquote>再発しなかった	1例
再発したが治った	7例
現在も続いているが軽い	5例
現在も重い症状が続いている	1例</blockquote>

との調査結果が掲載されています

私はこの治療後の調査アンケートを見て
「過食症に効果あり」と判断できるのかどうかが全く分からないのですが
うーむ、どうなんですかね、これ。
調査自体がかなりラフであるように感じることと、
観点がちょっとピンとこない、と言うのか
「不安やストレスが食行動に出る」とか
「食べ過ぎることがある」とかっていうことは
誰にでもあることでそれ自体は問題がないですよね。
本当に注目されていくべきは
その行為が生活や自己評価にどのような影響を及ぼしていくか
というところだと思うんです。
なので「過食するか、しないか」というところにポイントを置かれてしまうと
治療によってその人が生きやすくなったのかどうかか
見えてこないような気がするんですね。

（あ、でも上下のアンケートを合わせてみると、
過食の症状自体がなくなったわけではないけども
それが自分や、仕事、周囲の人々との関係に悪影響を及ぼさずにいられるようになった、
というふうにも読めますね。
著者さんは全く別々のアンケートとして提示していますが。）

本そのものも絶食療法に関しての説明と
その治療の中で実際に書かれた内観日記などが主で
症例として
「こういう症状のこういう人でこういうことを内観して、
過食症についてこういう感情をいだくようになり、
これから先の生活についてはこのように考えるようになって治療を終えました」
という、治療期間中のことに関して多く書かれています。

治療者以外には誰にも会わず食事もとらないで自分を見つめる、
という特殊な環境から出て、
自分が生活していく本来の場に戻ったとき、
食べ物とストレスに溢れ、
痩せを崇拝する社会に戻っていったときにどうなったのか、
という本来一番大切な部分に関する観点が薄いように感じたんですね。

「過食をしなくなればいい、
そして社会で普通に見えるようにやっていければいい」
というのは、
摂食障害であったことを今もまだ大切に考えている私からすると
何か少し違和感のあるところです。
やっぱり「もっと解き放たれる地点を目指したい」
というようなことを思うのですよね。
で、そうなると本当に自己の「内」を「観」ることのみでなくて、
「痩せてるほうが勝ちなのよ」という社会の価値観のことも
「痩せたら？」ということばで何かがうまく行っていないことを表現する人たちの存在も
「自分を慰める手段」として最も身近にある食べ物との関係も
全部「観」るべき要素のうちに自然に入ってくるんじゃないかな、って思うんですよね。

単純に内観とか絶食とかであれば、私もちょっとやってみたいです。
そういう経験が生きていくにあたって今までとはまったく違う視野を与えてくれる、
っていうのはあると思うんですよね。
そしてそういう「新しい視野」によって摂食障害という症状にも何か変化が出てくる
っていうのは、確かにありうるなあ、とは思うのですが

それでもやっぱり私は凄く大切なところを見ないでいて
「やっぱり食べ物がないと過食はできないですね」
というところで話を済まされてしまうような印象も持ってしまうんですよね。

・・・そこに社会の価値観という観点は必要ないのだろうか？

※これ、ひょっとして経験ある方いらっしゃたらお話伺ってみたいです。]]>
    </content>
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    <title>デルデル呼吸２</title>
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    <published>2007-08-16T07:34:31Z</published>
    <updated>2007-08-16T07:40:21Z</updated>
    
    <summary>やせる!デルデル呼吸ダイエット―らくらく呼吸で便が出る!おなかがへこむ! 「ブロ...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=4837670784&tag=noranopoket04-22&index=blended&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">やせる!デルデル呼吸ダイエット―らくらく呼吸で便が出る!おなかがへこむ!</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=noranopoket04-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br /><br />
<img alt="やせる!デルデル呼吸ダイエット" src="http://nora.ddsystems.info/antidiet/html/pocket/sketch2007/08/deruderukokyuu.jpg" width="98" height="140" />

「ブログの記事読んで試してみただけで即効効果ありました」
というメッセージ頂きました。
ふえぇ、記事を書いた私が驚きます。
（参照記事→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_253.html">デルデル呼吸</a>）

もうひとつ私が呼吸の仕方を忘れるほど驚いたことには、
著者様より直接アドバイス戴きました。
大変嬉しいです。荒木先生ありがとうございます。
喜び勇んで引用。]]>
        <![CDATA[<blockquote>とにかく「楽に吐けて、おなかがしぼんでいく、縮んでいく」これさえ分かればまずまずだと思います。慣れてくると、いつも楽に息を吐いている、そんな感じです。お腹・腰周りの力・圧がいい感じで緩む。そうするとお腹の中の胃、小腸、大腸などの内臓が‘快適’だと喜んでくれる環境になる。そう考えています。多くの人は、普段お腹を圧迫しっ放しであることに気付いていないように思います。冷え性や腰痛、肩凝りなどには、またそれぞれ私なりの理論がありますが、これらも皆が気がついていない（と私が考えている）だけの、ごく単純なものなのです。とにかくお腹は意識的にふくらませたり、へこませたりしない。吐いたらしぼむ、吸ったらふくらむ。吸う方はあまり意識しない、ただ楽に吐いていられるようになれば、しめたものです。</blockquote>

パソコンの前でちょいと試してみてくださいませ。

この展開の何が嬉しいかというと、
このサイトを見てくれている人が「こんな方法あるよー」と教えてくれて
それを私が紹介することができ
さらに「ああだった、こうだった」という体験談があり、アドバイスがあり、で
効果ありなし含めて、自分たちで何がいいか、ってのを検証していけるのが嬉しいですね。
「摂食障害に対して、こういうアプローチもあるんじゃないかな」
っていうのを考えて試してみるのは、何もお医者さんじゃなくてもいいんですもんね。
それが私はとても嬉しいです。

食と体型に強迫観念持って生きてたってええではないか。
摂食障害という貴重な経験をみんなで生かそうぜ(ﾟ∇^d)

試してくださる方、デルデル呼吸体験談待ってます。
プレゼント応募はこちら→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_257.html">「デルデル呼吸ダイエット」プレゼント</a>
]]>
    </content>
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    <title>「デルデル呼吸ダイエット」プレゼント</title>
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    <published>2007-08-15T07:11:21Z</published>
    <updated>2007-08-15T07:56:22Z</updated>
    
    <summary>摂食障害の人に対して一定の効果が見られたら面白いな、と思い始めました。 (あ、痩...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="プレゼント" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[摂食障害の人に対して一定の効果が見られたら面白いな、と思い始めました。
(あ、痩せる効果、じゃないですよ
摂食障害にともなう胃の不快感、とか、便秘とか、そういう、消化器系の衰弱に対して
ある程度の効果が確認できるとしたら、興味深いことだ、と思うわけです。)


レビューはこちら→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_253.html">デルデル呼吸</a>

<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=4837670784&tag=noranopoket04-22&index=blended&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">やせる!デルデル呼吸ダイエット―らくらく呼吸で便が出る!おなかがへこむ!</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=noranopoket04-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /><br />
<img alt="やせる!デルデル呼吸ダイエット" src="http://nora.ddsystems.info/antidiet/html/pocket/sketch2007/08/deruderukokyuu.jpg" width="98" height="140" />


試してみたいのですが、ご協力いただけますでしょうか。

この本をプレゼントいたします。（22日締め切りとします）
条件はふたつありまして、
いつものように提携企業のサイトから資料請求をしていただくことと、
それから読んで試していただいた結果のご報告をしていただくことです。
「効果があった」「効果がない」「三日坊主でやめた」「まだ読んでない（これは感想じゃないな）」
など、どんな報告でも結構ですので、読後の感想を聞かせていただきたいです。

摂食障害の人だけ対象というわけではないです。
ただ読みたい人、読んで体験談をノラに送ってやってもいいと思っている人なら誰でも結構です。

ちょっと興味を持った方、よろしくお願いします。
（すでに自分で購入されてしまった方ごめんなさい。私を責めてください^^;）
]]>
        <![CDATA[【応募方法】

○下記のバナーから資料請求をお願いいたします。
・「通学コース」ではなくて「通信講座」のコースの請求をしてください（最初の選択のところです）。

<IFRAME frameBorder="0" allowTransparency="true" height="45" width="135" marginHeight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2321769&pid=875998354" MarginWidth="0"><script Language="javascript" Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2321769&pid=875998354"></script><noscript><a Href="http://ck.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/referral?sid=2321769&pid=875998354" target="_blank" ><img Src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/gifbanner?sid=2321769&pid=875998354" height="45" width="135" Border="0"></a></noscript></IFRAME>

○資料請求終わりましたら私あてに<A href="http://nora.ddsystems.info/cgi-bin/email/mail.cgi"target="_blank">メール</a>をお願いします
・「BES ビューティーエキスパート･スクール」の資料請求が終わった旨と
「デルデル呼吸ダイエット」希望、というふうに明記お願いいたします。

○確認取れ次第、価格分のアマゾンギフト券をお送りします。
・本体価格1260円に送料300円を合わせて1560円分のギフト券をメールにてお送りします。

○お手元に届いて、読んで試したら、また私に体験談メールくださいませ。お待ちしております。
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    </content>
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    <title>鈴木式　（「過食・拒食からの脱出」より）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_256.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1623" title="鈴木式　（「過食・拒食からの脱出」より）" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1623</id>
    
    <published>2007-08-15T05:37:19Z</published>
    <updated>2007-08-18T02:10:21Z</updated>
    
    <summary>以前「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか？」 というご意見を...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[以前「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか？」
というご意見をいただきました。
（参考記事→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_251.html">摂食障害とダイエット</a>）
たしかにそういった考え方もあるのですが、これまで殆ど紹介してきていなかったので
過食症から回復することと、ダイエットに成功することをあまりわけて考えていないタイプの
参考文献をひとつご紹介いたします。

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396103735/noranopoket04-22 /ref=nosim/" target="_blank">過食・拒食からの脱出―トキノ会10万人のデータからの処方箋 (ノン・ブック)<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21DJC09EKTL.jpg" alt="過食・拒食からの脱出―トキノ会10万人のデータからの処方箋 (ノン・ブック)" border="0" /></a>

間違ったダイエットはかならず過食・拒食を引き起こす、
だから正しいダイエットをしなさい
正しいダイエットとはつまり鈴木式食事法である、
というふうに書かれた本です。]]>
        <![CDATA[とにかく「摂取カロリー」を減らせばいい
という”誤ったダイエット”が
”もう一人の自分（脳と自律神経をさすのだそうです）”をいじめることで
過食や拒食が起こってくる、としています

過食症、拒食症を治すのは薬やカウンセリングではなく
生命活動を維持する”もう一人の自分”であり、
この自分を大切にすることによって治る力が目覚めてきます。

筆者によると肥満は病気であり
健康であれば、痩せる、という考えですので
鈴木式を実践して健康になれば
”もう一人の自分”が健康な力を取り戻して拒食や過食がなくなり
「健康で美しく」痩せる、というふうに考えられています。

”もうひとりの自分”が何を好きか、ということを
あなた以上に良く知っているのは、私です、
という筆者が提言する過食、拒食への処方箋は次の五つ

１、絶対吐かない
２、ご飯を一定量食べる
３、食べ物はエサと思う
４、規則正しく食べること
５、粗食にすること

という原則です。
そして鈴木式食事法の基本は「ご飯食と油抜き」「一汁1菜」であり
ご飯の量、副食の種類、油料理は食べない、調味料や間食についての細かいルール
素材の下処理としてたとえば赤身肉は必ず一昼夜水につける、などの
かなり厳しい食に関する規則が述べられています

さてこの著者の論について私が比較的良心的に感じたところは

自分の本来の力によって治るんだ、
自分をいたわる、という発想によって治るんだ、
というところ
それから摂食障害（筆者の表現ではなぜか「摂取障害」）の原因を
個人の性格に帰さず、
普通の女性が普通に陥りうる状態であり、
極端なカロリー不足が直接の原因である
というふうに名言しているところ
などです

しかし、一方で私が全体としてこの本の主旨に賛成できないのは
"もう一人の自分”は「自分」なのに
自分自身よりも鈴木その子さんがその好みを良く知っている、
この人の言うことを聞いていれば安全だ、と信じることによって
その後の人生の自分との関わり方を
どうやって自立的なものにしていくことができるのか、という点があります。

こんな文章があります

<blockquote>ダイエットに入る女性一人ひとりに、それほどの差はないのです。
たぶんここに紹介する女性たちも、一つのことを除けば、ほかの女性たちと大きな違いはないと思います。一つのこと、つまり拒食症、そして過食症になったことを除けば。</blockquote>

私はこの意見には全く賛成です。
摂食障害になる女性とならない女性の間には殆ど差はないと思います。
しかし、それが本当であると信じるならば
なぜ一方の人々はかくも厳しいルールに従ってつましい食餌法をとり続けなければ健康を維持できず
なぜ他方の人々は自由に食べて健康であることができるのか
ということに対して、この鈴木式では答えられないと思うんです。

先に述べた食に関するルールのうちの（一番をはぶく）ほぼ全てが
私には現実的でも官能的でもないように感じます
一定量食べること、
決まった時間に食べること、
決まったものを決まった方法で食べること、
そして食べ物を必要な栄養を得るためだけのエサと考えること

私にとって食べることは人生そのものの比喩です
時には自分自身から食べ物を取り上げることも単なる減食ダイエット以上の意味を持っています、
食べても食べても満足しない、という状況も”食欲中枢の異常”というよりももっと深い意味があると思っています。
甘いものだけを食べたがることも、栄養にならないものを食べたがることも、
一度口にしたものを受け入れらないことも
みんな人生の中でしかるべき意味をもっているのではないか、というふうに私は思うんです。
もし「食べ物がエサ」であれば、
その食べ物をとりまく人生の縮図はどこへ行ってしまうのか。

諸々の「ナントカ式ダイエット」の中では比較的きちんと考えられたタイプのものではないか、
と思います。
それでも私の思う「食べることと生きること」のイメージにはそぐわないところがあり
全体としては私は賛成しない内容でもあります。

※この本の中には具体的な「鈴木式食事法」についてはあまり詳しく述べられていません。
食事法について詳しく知りたい人は、参考文献として
「鈴木式の極意」「やせる調理革命」の二冊が挙げられています。

<Table Border="0"><Tr>
<Td><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062059916/noranopoket04-22 /ref=nosim/" target="_blank">鈴木その子のやせる調理革命<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/211BZ1N3QAL.jpg" alt="鈴木その子のやせる調理革命" border="0" /></a></Td>
<Td><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396103484/noranopoket04-22 /ref=nosim/" target="_blank">時のダイエット・鈴木式の極意―肥満・成人病から自分を守るのはもう一人の自分 (ノン・ブック)<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/2117ZM2X4BL.jpg" alt="時のダイエット・鈴木式の極意―肥満・成人病から自分を守るのはもう一人の自分 (ノン・ブック)" border="0" /></a></Td>
</Tr></Table>





]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>モヨコ・ワールド考　（「美人画報」より）</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1622" title="モヨコ・ワールド考　（「美人画報」より）" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1622</id>
    
    <published>2007-08-14T05:52:46Z</published>
    <updated>2007-08-14T06:13:18Z</updated>
    
    <summary>安野モヨコさんの本は 「怖い」「トラウマ」「嫌い」 という声も実は結構頂いており...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[安野モヨコさんの本は
「怖い」「トラウマ」「嫌い」
という声も実は結構頂いております。
これはこれで興味深いので、ちょっと引用してしまいます。
コメント、メッセージくださった皆様ありがとうございます。

<Table Border=0><Tr><Td><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062100010/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21SXFPCR46L.jpg" alt="美人画報" border="0" /></a></Td>
<Td><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062121085/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報ワンダー<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/219GK7Y4DEL.jpg" alt="美人画報ワンダー" border="0" /></a></Td>
<Td><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062108992/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報ハイパー<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21PVDE2JYZL.jpg" alt="美人画報ハイパー" border="0" /></a></Td></Tr></Table>

]]>
        <![CDATA[以下、頂いたメッセージの引用

<blockquote>
いかに金と時間をかけて美しくなるか<br/>
美しい女は無条件で勝者<br/>
だから筆者本人もかなり必死です<br/>
あらゆる手を尽して<br/>
｢理想の体｣を手に入れたようです<br/>
完全に男社会に迎合する女性を目指してますね<br/>
その必死な姿は天晴れと言えるかもしれませんが<br/>
この本を読むと確実に｢手付かずの自分｣に不安と不満を抱きます<br/>
絶対痩せなきゃ!!って思います<br/>
<center>※</center><br/>
だんだん「自分の考える美への執着」が強迫的になって、おもしろおかしく書かれているのになんだか恐ろしいと感じました。<br/>
<center>※</center><br/>
この作者の言う「生きやすい」って「男の人に庇護される」ことのような感じもしますが、
「周りよりも上に立つ」って感じも漂っていて、
私も考えていることなのに、この作者が言うと、受け入れられません
</blockquote>

これ、三人ともそれぞれ別の方の意見です。
私はそれぞれ全部言ってること分かる気がするんですね。
わかる気はするんですけども、
私は別に怖くなかったし、かなり好意的に読んだんです。
絵が綺麗だしね、細々した女の子だけが分かる話って面白いしね。
（相当極端なところまで突っ走ってるな、と思う文章もかなりあったけど
そこまで含めて面白かった）

興味深いのは、みんな読んでるのよね、怖いって言いながらね^^；
熱心に読む、でも（だから）怖い。なにこれ。

これに絡めて思い出したのは、摂食障害のサイトでは
「かわいい女の子が苦手なんです」
っていう声も実は結構多いんですよね。
それからこのサイトでも頂いた
「女性の目が怖い」という意見もかなり多いですよね。
そういったものと「安野モヨコさん怖い」という感じというのは
似たところあるのかなあ、って思ったんです。

それから、これは最近私が自分で感じたことに関するお話になりますが
最近ダイエット掲示板みたいなところからトラックバックがきてたので
ちょっとのぞいたのですけど（このTBはもう削除してます）
唖然としたのが

<blockquote>
「１６２ｃｍ　４９Ｋｇ（体脂肪率：２５％以下）
男性から見て、私はぽっちゃりですか？　それともデブの部類に入れられてしまいますか？？
この体型でミニスカートは見苦しいですか？？ 」<br/>
<center>※</center><br/>
「女です。１５８センチ、５６キロってデブですか〜？？ 」<br/>
<center>※</center><br/>
「私の身長は１５８センチです。標準体重は５２キロぐらいですが、私は４６キロなので、「痩せぎみ」の判定です。
つまり標準よりも６キロ痩せているわけですが、私は２０代なので、美容を気にしています。
いわゆる美容体重であるとは思うのですが、病気になってしまうかと思うとこれでいいのか不安です。
病気になりにくい標準体重と、美しく見える美容体重、どちらかを選んだら、美容か健康のどちらかを犠牲にしなければならないなんてすごく困ります。
私は今、婚約者がいて、もうすぐ結婚するのですが、結婚したら標準体重まで太っておこうかと悩んでいます。
ですが、嫁が結婚したら６キロも太ったなんて、そんなオバタリアンみたいな嫁でいいのか？という疑問もあります。」<br/>
<center>※</center><br/>
-全て<A href="http://search.chiebukuro.yahoo.co.jp/dir/list/d2078297870/solved">yahoo知恵袋</a>からの引用-
</blockquote>


こういう書き込みが延々と続いていたので、
あまりにもびっくりしてまじまじと見てしまったんですけども
そのとき、一瞬不安になったんですよね。
「私ってもしかして凄いデブで恥かしくって人前に出ちゃいけないのじゃないか？」
という想いが瞬間駆け巡った。
（って冷静に考えると、この書き込みしている人たちが体型に関する強迫症なのであって、
読んでいるうちに一瞬ふわっと症状が移ってきたわけなんですけどもね）

ありとあらゆる体型の人が
見ず知らずの他人に対して自分のベスト体重を聞く、
「何キロになったら自分は安心していいのか」ということを
匿名の他人に対してお伺いを立てる、という
この強迫観念の放牧地は何なんだ〜、と思いました

しかも回答読むと、
答えてる方も重症の摂食障害者か、少なくてもダイエット症候群か
もしくは病的なマゾヒストなんだよね。
自分には「他人に対してその外見で安心して生きていっていいかどうかを判定する権利」がある、
というふうになぜかみんなとても無邪気に信じていて
「デブ」とか「ちょうどいい」とか、ジャッジしている、
まあ、それこそ「怖い」場所でした。
 
そういったわけで少し話が脱線しましたが
そのあたりの恐怖って全部同じなのかなあ、というふうに私は思ったんです
「美人になるためならなんでもする安野モヨコさんが怖い」
「かわいい女の子が怖い」
「女性の目線が怖い」
「無法地帯のダイエット掲示板が怖い」
というのは、それぞれ、根っこに同じものがあるんじゃないのかなあ、
というように考えてみたんですよね。

安野モヨコさんは、面白いことに
連載中に、恋人と別れたり付き合ったり、結婚したり、ということが起こってるんだけども
自分が美しいかどうかの基準を結構はっきりと「モテるかどうか」というところにおいています。
だから自分には定まった人間関係があるのだけども
それとは別に「美の基準」に合格しているかどうかは、
「関係の深くない人たちの判断」にゆだねるんだよね。

これがなんとなくね
「自分がこの外見で良いのかどうか」を
身近な人でもなく、あるいは医者とか友人とかでもなく
いきなり魑魅魍魎うごめく掲示板で
（悪意を持った人も考え方歪んでいる人もたくさん居るだろうということは容易に想像つくのに）
わざわざ身長体重を公表して宣託を乞うてしまう不安感と
似たところがあるのかな、って思ったんです。

結局一番怖いのは
「関係ない人」
「一般大衆」
「顔のない人たち」
であって、彼らこそが自分を傷つけうる、
彼らのお墨付きをもらえれば安心、みたいな
そういうところがあるのかな、と思ったんです

だから「安野モヨコさん」とか「可愛い女の子」とかは
そういった「顔のない人たち」に気に入ってもらえる術を知っている
でも自分は知らない
というふうに思うと、
それこそ「武装した彼女」に対して
自分は「丸腰」の感じがするわけで、
熱心に読んで研究するかも知れないけども
本心では怖いよねえとは思うんだよね
あるいは「気に入られる術」を知っているが故に
つまり彼女の方が強い立場であるから
自分をジャッジする権利を彼女もまた持っている、
のだと思うとそれも怖いよね

それから
「女性たちの目」とか「掲示板の人たち」とかっていうのは
「顔のない人たち」そのものであって
「向こうからこっちは見えているけども、こっちから向こうは見えない」
というところがすでに暴力構造であって
一方的に見られて選別される、ということは、それは怖いよね。

一番怖いからそこを基準として決めてしまう、
彼らに気に入ってもらえれば、どこにいっても安全だ、という
そういう安全地帯の基準として決めてしまうからこそ
「誰にも文句いわれないように、あらゆる女性よりも細くなりたい」とか
「親身になって心配する人などいない掲示板で自分の理想体重を聞く」
とか、そういうことになってしまうんだと思うんだけど

だからそういう怖さ、
「顔のない人たちに気に入られないといけない」
という怖さ、っていうのを
安野モヨコワールドは掻き立ててしまうのかもしれないって
そういうふうに私は考えてみました。

（ちなみに私がなぜ全く怖くなかったかというと
私はようするに化粧しないし、ダイエットもしないし、
ファッションの流行もあまり関係ないので
安野モヨコさんとは完全に別ワールドに住んでいるから、
楽しいところだけ読めたんじゃないか、と思うのですね。）]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>キレイな方が女は生きやすい？　（「美人画報ハイパー」より）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_255.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1621" title="キレイな方が女は生きやすい？　（「美人画報ハイパー」より）" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1621</id>
    
    <published>2007-08-13T03:33:55Z</published>
    <updated>2007-08-13T03:54:05Z</updated>
    
    <summary>美人画報ハイパー 読んでみました。 私ね、 化粧したこと無いし 顔は水で洗うし ...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062108992/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報ハイパー<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21PVDE2JYZL.jpg" alt="美人画報ハイパー" border="0" /></a>

読んでみました。


私ね、
化粧したこと無いし
顔は水で洗うし
銭湯行くときは手ぬぐいと固形石鹸しかもっていかないし（神田川？）
ヒールもブーツも履いたことないし
スカートも（ほぼ）履いたことないし
ようするに、こういう本読んでも
出てくる名詞がほぼ理解できない人なんですけども
]]>
        <![CDATA[いや、面白かったですよ。
お化粧する女の子ってたいてい化粧ポーチっていうのを大切に持ってるじゃないですか
小さい可愛いケースの中に
細々した色々な色と形の瓶とか容器とかいろいろいっぱい入っていて
他人には何につかうのかまったくわからないそういうのを
非常に独特のこだわりを持って大事にしている、
というあの世界が好きなんですよ
楽しそうだなあ、と思って

細々と好きなものを一杯持っていて大事にする、
という風景を見てるのが好きなんですよね。
この本はそういう楽しさありました。
殆ど、ドールハウスとか、何かのコレクションをみて
「楽しい」と思うのと同じ感覚なんですが。
どこのクリームとか、マスカラとか、とかね、
もうぜんぜんわからない固有名詞が大切そうに続いていく独特の楽しさね

ただ、それだけでもないですよね
作者さんは美というものに対する意識の非常に強い人なんですけども
それは当然、苦いもの痛いもの、建前、本音、色々含んでおりまして
ちょっと、そいうところだけ、選んでつなげてみますね。
（全編私が引用した文章みたいなのばかりじゃないですからね。
普通に、コスメの好きな女性の楽しみ、とか、お風呂、エステ、
お花、着物、建築、インテリアとか、楽しい話いっぱい入ってますよ。）

非常に興味引かれた一文は
「美人画報ハイパー」のあとがきからです

<blockquote>
思えばもともとは「キレイになろう」とか考えたことのない人間だった私。<br/>
平均的だったからのん気なものです。<br/>
それが漫画家として忙しくなった24歳の頃、太って激変したのです。<br/>
この連載をはじめた頃にはスッカリ自分と「キレイ」を切り離して考えるようになっていました。<br/>
つーか「ブスでいい」ぐらい思うようになっていました。<br/>
仕事は楽しく、自信もついて来た頃でした。<br/>
逆に言うと、仕事できてりゃ文句ねぇだろ！！というおそろしい人になっていました。<br/>
そんなおそろしい人の私を、恐ろしい事態がおそったのは、マックスに太った年の冬。<br/>
男性誌のパーティーに行った時のことです。<br/>
マンガというのは、過酷な商売。<br/>
男性作家のみなさんも、編集さんたちもこんな時くらいカワイーお姉ちゃんと話したいわけです。<br/>
仕事はちゃんとやってたつもりでも、美しくなければまったく価値を持たない世界へ丸腰で飛び込んでしまった私はガク然としました。誰も相手にしてくれない。<br/>
ここではマンガ描けても何の武器にもなりゃしないんだ<br/>
・・・あきらかにキャバ嬢（19）の方が私よりも上！！なぜならカワイイから！！<br/>
もちろん、日常にもどればそこだけが基準になるわけじゃありません。<br/>
でもそういう世界があること、そこでは今までやってた仕事より、女子力の方が重要であることに気づいたのが、そのあとの美容道へのスタートになったことは間違いありません。<br/>
女性は仕事できてもキレイじゃなければ駄目なんです！！<br/>
それ以来、この連載にも本気でも取り組み努力の日々。<br/>
今も信念は変わりません。<br/>
女子は仕事はできてもできなくてもいい。<br/>
キレイなほうがいい。<br/>
</blockquote>

非常に素直な文章なので衝撃ですが。

この作者さんは、自分で本文中に書いていますが
「趣味を仕事」とすることができた稀有な人なんですよね。
しかもその仕事で、大変な成功をしています。

それがある日その業界内のパーティに行って
（だからつまり、そこに居る人たちは基本的に自分の成功について知っている、
という場所だと思うんですが）
そこで突然自らの外見と価値を受け入れられなくなるわけですよね。
なぜか突如
自分を「丸腰」であるように感じ
自分のことを「仕事できてりゃ文句ねぇだろ！！というおそろしい人」である、と感じ始めるわけで
「女性は仕事できてもキレイじゃなければ駄目なんです！！」という
これまでしてきた「過酷な仕事」を自ら否定するかのようなことを考えはじめるわけで。

えー、なんだろう。ってやっぱり思いますよね。
ある日突然、何が足りないような気がしたんだろう？
何が否定されたような気がしたんだろう？と。

本編の中にこんなことが書いてあります

<blockquote>
なぜ人はキレイを目指すのか。<br/>
でもキレイな方が、女は生きやすいんだよね。<br/>
<br/>
超仕事できてもブスvs仕事でできなくても美人<br/>
<br/>
最終的にどっちが幸せかっつーと・・・。<br/>
やっぱキレイな方なんじゃナイかなと。<br/>
まー　ケースバイケースなんだけど。<br/>
</blockquote>

これ、読むと、普通の感覚で行くと
なんとなく言いたいことの意味はわかるけどちょっと極論じゃない？
っていう感じ、しませんか？

たぶん本人もケースバイケース、と書いてあるとおり
これは一般論として言っている、というよりも、
作者がある日しみじみとそんな気がした、ということであり
それが前出の「男性誌のパーティの日」なんじゃないかって
いう感じが私はしたんですけども、

突然自分が「生きやすくない」ような気がして
そしてキャバ嬢を見ると自分よりも「生きやすい」ような気がしたんじゃないかしら
（ちなみにこの美人画報ハイパーの中には「キレイになった安野モヨコさん」の
写真が出ているだけど、奇しくもキャバ嬢風の外見になっている）

ちなみにもうひとつ

<blockquote>
旅では「男の人に守ってもらえる服装で」が正しい。
というか旅に限らず、生活のどのシーンにおいてもその基準は結局美しいのです。
</blockquote>

おお、批難ごうごう受けそうな文章、よくぞ書かれました（笑）

でも、これはファッションというものの一面を上手に表現しているのかもしれないですよね
凄く細い身体で高いヒール履いて華奢な服を着て
床に落とした紙が拾えない長さの爪をしていれば
確かに庇護が必要な感じしますもんね。
（いや、それが全てって言ってるわけではないですよ。
そういう面もあるかもしれない、と言っております。）

さらにもうひとつ

<blockquote>
だいたい、自分も働いて疲れているのに、働いて疲れた男を癒せますか？<br/>
彼だって安らぎが欲しい。<br/>
けれど、自分も安らぎたい。<br/>
</blockquote>

ということも、モヨコさんは考えているのであります。

で、ここまでで私が好き勝手拾った引用文なのですけども、
つなげてしまって良いかしら。

自分にとって非常に向いている仕事を見つけ
それで苦労して成功し
仕事や収入や社会的生活の面においては安定した、
という段階にまで来たところで
なんとなく自分には何かが足りないような気になる、
疲れている、疲れているのにいつも癒す側であって、安らぎがない、
自分が庇護を必要としていることを外見でアピールできれば
安らげるのかな？

というような
あの、一応筋道としてそういう風に辿っていけなくもないなあ、って
考えながら読んだのですけども

最近ちょっと「社会的成功と摂食障害」というテーマについて
このサイトで取り上げていたので
「美人画報ハイパー」を手がかりに試みに考えてみました。いかがでしょう。

※みやさん。参考文献ご提供ありがとうございます。切に感謝。

<Table Border=0><Tr>
<Td>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062100010/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/21SXFPCR46L.jpg" alt="美人画報" border="0" /></a>
</Td>
<Td>
<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4062121085/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">美人画報ワンダー<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/219GK7Y4DEL.jpg" alt="美人画報ワンダー" border="0" /></a>
</Td>
</Tr></Table>

]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>デルデル呼吸</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_253.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1619" title="デルデル呼吸" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1619</id>
    
    <published>2007-08-11T05:01:44Z</published>
    <updated>2007-08-13T03:58:13Z</updated>
    
    <summary>やせる!デルデル呼吸ダイエット―らくらく呼吸で便が出る!おなかがへこむ! この本...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=4837670784&tag=noranopoket04-22&index=blended&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">やせる!デルデル呼吸ダイエット―らくらく呼吸で便が出る!おなかがへこむ!</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=noranopoket04-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
<img alt="やせる!デルデル呼吸ダイエット" src="http://nora.ddsystems.info/antidiet/html/pocket/sketch2007/08/deruderukokyuu.jpg" width="98" height="140" />



この本、サイトを見てくださってる人が紹介してくれました。
彼女は摂食障害からの回復期の過程においての
胃痛や空腹感、満腹感が分からない、などの症状について
時々状況を報告してくれたり、知識のやり取りをしていたんですが、
「この呼吸で楽になった」ということで
このサイトのために本を紹介してくれたんですね。

送って頂いた体験談です]]>
        <![CDATA[<blockquote>
私には、この呼吸法があっていたようです。起床時や、机に向
かっている時などに何十回か繰り返すと、すぐにお通じがくる
場合が多いです。（この効果は、始めた直後に実感できました
。）それだけでなく、この呼吸をし始めてから胃の調子がさら
に落ち着きました。先述しましたように、苦しくなるまで食べ
ずにすむのです。たまたまそんな日があるのかとも思っていま
したが、今の所、胃も落ち着き、だいぶ前からお腹が空くという
感覚を味わっています。
</blockquote>

彼女がまとめてくれた「デルデル呼吸」のやり方

<blockquote>簡単に
いうと、まずは息を止めずに深くゆっくりと吐きます。このと
き意識しておなかをへこませないようにします。おなかか、わ
き腹に手を当てて、自然におなかがへこむのを感じるのです。
そして、あとは自然にまかせて息を吸います。デルデル呼吸は
この繰り返しです。
</blockquote>


この頂いたメールだけを読んで試してみたんですね。、
「確かにこれは効く人には効くかもしれない」
と思える刺激が腹部にあるような気がしたんです。
効いたわけじゃないけど、ちょっと気持ちはわかった、という感じだったので
「本を買って試してよかったら紹介します！」
と返事をしてたんです。
で、昨日本が届いたんですね。

うん、私はやっぱり「始めた直後に実感」とはいかないんですが
ただ自然に深く深く吐いていく感じがなかなか気持ちよいですよね。

「普通にふーっと軽く息を吐いて
そのまま続けてさらに深くふーっと息を吐いていき、
それから自然に任せて吸う」
のですがこの「深く吐く」行為がポイントで、
身体の一番内側にある腹横筋という
普段はあまり使っていない腹筋の一部を使うことになる、のだそうですね。
お腹の一番内側を囲む腹巻みたいになってる筋肉なんですけど、
そういわれて意識してみると、深く深く吐いたときに
お腹の一番内側の筋肉がぎゅーっと縮む感じ、わかります。

この本に書かれていることによると
この腹横筋がぎゅーっと縮むことによって
腸が直接刺激されることが便秘解消につながる、という理論らしいんですね。
もしかすると
冒頭で引用させていただいたメールのように
筋力が落ちて消化器系がうまく働かなくなってしまっている
摂食障害暦の長かった人では
色々な形で効果が出やすいかも知れないですね。

呼吸や、自分の身体の深部に意識を向けるボディワークとして
取り組んでみると面白いかもしれないと思ったのでご紹介。

私は時々やってるヨガの中に取り込んでちょっと試してみますね。
調子良かったらまたご報告します。


いつもお役立ち情報くださる皆様ありがとうございます^^




]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>幸せと摂食障害について 2</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/_2.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1613" title="幸せと摂食障害について 2" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1613</id>
    
    <published>2007-08-07T00:08:42Z</published>
    <updated>2007-08-07T00:17:55Z</updated>
    
    <summary>参考記事はこちら →幸せと摂食障害について 「幸せなのになぜ私は摂食障害なんだろ...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害と一緒に生きる" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[参考記事はこちら
→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_249.html">幸せと摂食障害について</a>

「幸せなのになぜ私は摂食障害なんだろう？」
という問いに対して、ひとつ
「自分なりの答え」を寄せていただきました。

]]>
        <![CDATA[<blockquote>
私って昔から「〜なりさえすれば」って思いすぎてたんじゃないかな。<br/>
と思うのです。<br/>
「痩せさえすれば」→「もてる）」<br/>
「結婚さえすれば幸せになれる」<br/>
とか、だけど結婚したからって毎日楽しくてしょうがない。<br/>
なんてことはないわけでして。<br/>
家族が増えるわけだから、いろんなストレスもうまれてくるんですなぁ．．．<br/>
そうすると、今度は「かわいい赤ちゃんがいれば」となって、<br/>
夜泣きに疲れ果てると「早く幼稚園へ通うようになってくんないかな」とか思っちゃう訳です。<br/>
で、今度はママ友づきあいで頭を悩ませたり。<br/>
すごく小さな悩みで「ぷっ」と笑われてしまうかもしれないんだけど、<br/>
要は「こうなりさえすれば」→「こうなる」<br/>
なんてことはないって思うんです。<br/>
悩みのない人間なんていないし、みんな自ら自分で悩みを見つけだしてっいうか、<br/>
そういうものを自分に課してしまうんじゃないか。って思うんですね。<br/>
私も本気で、痩せれば絶対幸せだって信じて疑わなかったし、そうして過食にな
って今度は過食さえなくなればこんなにツラい思いもしなくていい。<br/>
と思ってました。<br/>
余りにも単純すぎておかしいんですけども。<br/>
今、思うことは痩せても太っても過食が無くなってもそれで全ての問題が気持ち
よく片づくわけではない。っちゅうことぐらいですかね．．．
</blockquote>


私も人生の中で思った「〜なりさえすれば」
たぶん一万個くらいあります。
人生で一番最初に思ったのは
「大人になりさえすれば」→「辛いことは全部なくなる」ということですね
これにすがって生きていた幼少期なのでよく覚えてます
それから
「大学に入りさえすれば」
「この家を出さえすれば」
「幸せの土地を見つけさえすれば」
「私が美しくありさえすれば」
「彼が愛してくれさえすれば」
「次の休みになりさえすれば」
「この会社をやめさえすれば」
「仕事がうまくいきさえすれば」

というようなことを考え考え、
もしかしてこれって一生、人生はじまらないんじゃないの？
と思い始めたときですでに人生始まって四半世紀はたってたわけだから
結構笑い話ですけども

私は、完璧な幸せがあるって、物凄くはっきり思っていたんですよね
人生のあらゆる地点からあらゆる辛さが消え去って
一年365日一日24時間一点の曇りもなく幸せ、という生活が必ずあって
自分はそれを諦めちゃいけないんだと思っていたんです
自分を辛い気持ちにさせるものの存在
自分を悲しい気持ちにさせるものの存在を
自分の人生の中に「あっていい」というふうに認めることができなかったんですよね

そういうものがあるのは「自分の中にどこか悪いことろがあるせいだ」と思っていたんです
「マイナスの気持ちを人生から一掃すべく何かをしなければならない」
というふうに思って、実際かなり色々と動いたんですね
で、ある時点で気づいたのが、この頂いたメールと同じなんですが
「人生のあらゆる時点から全ての辛さが消えるということはありえない」ということであって
「そもそも人生って時々辛いものなんだ！」という発見だったんですよね

「こうなりさえすれば」→「こうなる」と思いすぎていたんじゃないか
というのは
「幸せなのになぜ私は摂食障害なんだろう？」
という問いに対するストレートな答えではないですけど
「幸せなのになぜ私は摂食障害なんだろう？」という問いそのもの
に対する一つの説明にはなりますよね。
「自ら自分で悩みを見つけだして」というふうに書いてくださいました

なかなか興味深いです、ありがとうございました。

ところで、私、もっと他にもあるような気がするんです。
昨日コメント欄でちょっと書いたことなんですけども、ちょっと要約してみます

「自分にとって摂食障害とはなんだろう」
というような問いにはじまって
「自分が今いかに幸せであるか」という話で終わることが
よくあるような気がしたんです。
これが私にとっては話の筋として飛躍しているように感じるんですね。
そこでどうして「現在の幸せ度」が出てくるんだろうか、
というタイミングで幸せの話が出てくるように感じられることがあるんです。

「幸せなんだから、私が貪欲なんじゃないか」とか
「幸せなんだから、もう悩むのをやめます」とか
「幸せなんだけど、ただ太るのが嫌なだけです」とか、
「自分にとって摂食障害とはなんだろう」という探求みたいなものが
「幸せなんだから」のところで、いつもふつっと突然終わる、
というのが私が不思議に思っていたところなんです

なので、そういったご意見
「自分と摂食障害」というところを出発点にして考えると
なぜか「自分は今幸せなんだから・・・・」
というところでいつも終わってしまう、というような
そういった意見も聞いてみたいような気がします。

]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>摂食障害とダイエット</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_251.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1611" title="摂食障害とダイエット" />
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    <published>2007-08-06T00:06:21Z</published>
    <updated>2007-08-06T00:19:06Z</updated>
    
    <summary>「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか」 というご意見を頂きま...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害と一緒に生きる" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        「ダイエットをやめなくても摂食障害は治るのではないですか」
というご意見を頂きました


        <![CDATA[これについては、この方のおっしゃるとおり
摂食障害についてはダイエットと本質的に結びつけて考える立場は
むしろごく少数派だと思います。
殆どの治療者、治療法では、論調では
ダイエットは「正しいダイエット法」であるかぎり問題がない、
女性であれば「少々のダイエットは当然のこと」
と捉えていますし、様々な治療努力をするうちに
「体型や食べ物へのこだわりは減っていないけれども、
傍から見てとくに問題に見える行動はなくなった」
という方も実際多いと思うんですね。

「治る」ということをどのような状態であると捉えるかにもよってくると思うのですが
「ダイエットをやめなくても摂食障害は治る」という主張も
根拠のあるものだと思います。


実はこのサイトで私が興味を持っていることというのが
「束縛から解放されて自由になる」ということであって
「摂食障害の症状をなくす」ということではなかったりするものですから
違和感を持たれたのではないか、と思うのですが

世間にあるさまざまな治療方法についても色々調べてみていただければ、
と思うんですね。
「過食症の治療」と「ダイエットを成功させること」を殆ど同義に捉えている
ような考えかたというのもあります。
（すぐ参考文献として挙げられるものがないので、また改めて調べますが、
一番先に思いつくのは鈴木その子さん。
過去にこのサイトで紹介した中では<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/05/post_163.html">「過食症に負けないで」のさかもと 聖朋さん</a>など）
自分の目的とその方の治療目的がぴったりあっているのであれば
信じてみるという方法もあると思うんです。

このサイトで取り上げている主な話題というのは
「摂食障害の症状をなくすこと」ということではなくて
「体型や食べ物に対する束縛から自由になること」なんですね
だから「ダイエットをやめなくても摂食障害は治る」
というところにはあまり興味をもってこなかったですし
そういった参考文献は殆ど紹介していなくて比較がしにくかったのかもしれないですけども
「ダイエットをやめなくても摂食障害は治る」という主張も、あります。]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>幸せと摂食障害について</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_249.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1609" title="幸せと摂食障害について" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1609</id>
    
    <published>2007-08-04T01:15:22Z</published>
    <updated>2007-08-04T03:30:08Z</updated>
    
    <summary>「自分の身体が受け入れらない」ということと 「社会における自分のアイディンティテ...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害と一緒に生きる" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[「自分の身体が受け入れらない」ということと
「社会における自分のアイディンティティの不確かさ」について
記事を書いたときに
（参考記事：<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_244.html">自分の身体を受け入れられないとき　２　「ハングリーセルフ」</a>）
同意の意見と、自分には当てはまらない、という意見
両方頂いたことから
ちょっと考えていて気づいたことがあるのだけれど]]>
        <![CDATA[ひとつには私のようなタイプ、
つまりある程度はっきりした内的な葛藤、というのがあって
摂食障害を「なるべくしてなった」と考えている人々のほかに

そういう解釈はぴんとこない、という人が確実に居て
そういった人々が強く主張するのは、例えば
高学歴高収入で社会的ポジションが安定していてアイディンティティの問題はないし
家庭において信頼できる人間関係を築いていて
今までの人生で一番幸せな生活を送っているんだけど
（全部にいっぺんに当てはまるかどうかは別として、「万事順調」と感じている、ということ）
「でもなぜ私が摂食障害なの？」
という問い、であるということ

私は意見を聞かせてもらっていて
「こんなに幸せで、本当に摂食障害になる原因は何もない」と
説得されているような気になることもあるんですね
それくらい「摂食障害」でありながら「幸せ」でもある
ということに違和感を感じてるということだと思うんですが。


私がちらっと考えたのは
「こんなに幸せで、本当に摂食障害になる原因は何もない」
という、
つまり幸せであれば摂食障害になるはずはないという思い込みそのものが
摂食障害を支える原因のひとつになっているのではないか
というようなことを少し考え始めたのだけど


ただ、あの、私はあんまりそういう立場になったことがない、というか
職業上重要な地位にいたこともないし
安定した家庭生活を築いた、という経験もないし
たいして高収入を得ていたこともないし
社会的に華々しい何かを成し遂げたこともないし、
ようするに「こんなに幸せです」というふうに並べてもらった条件のうちの
殆ど全てが私には全く未知のものであるために
私の想像力がどこまで働くのか、というのがちょっとおぼつかないんですね。


それで、もし
「今私は幸せで摂食障害になる原因はないのだけども、でもなぜ私は摂食障害なの？」
という疑問を持っている方がいらっしゃいましたら
ちょっと詳しくお話聞かせていただけないでしょうか。

答えでなくっていいんです。
ただその問いかけ「なぜ私が？」という問いそのものについて詳しくお伺いしてみたいです。

よかったらお願いいたします。
メールやコメントお待ちしております。

<img alt="画像処理してあるため文字コピーできません" src="http://nora.ddsystems.info/antidiet/html/pocket/sketch2007/05/mai_mojil.gif" width="200" height="18" />

]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>デブのひがみ　（「女はなぜやせようとするのか」より）</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_247.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1607" title="デブのひがみ　（「女はなぜやせようとするのか」より）" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1607</id>
    
    <published>2007-08-03T02:24:17Z</published>
    <updated>2007-08-03T02:37:53Z</updated>
    
    <summary>実は前にも一度こっそり書いたことがあるんですが 私は「ダイエットをやめて自由にな...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        実は前にも一度こっそり書いたことがあるんですが
私は「ダイエットをやめて自由になる」という主旨のサイトを運営するのに充分なほど
痩せてないんじゃないか、とずっと思ってた、わけです

あまりにも取り組むのがややこしい矛盾なのであまり意識には上らせないようにしてたんですけどもね
「ダイエットをやめて自由になる！」と、充分な説得力を持っていうには
（いや、説得したいわけじゃないけども、話をちゃんと聞いてもらうためには、だね）
「美容体重」で、私が「美人」で、そういう余裕（「私は完全に満足していて幸せよっ」）
をたっぷり漂わせてないといけないでしょう、
と思ってたんですね

だから論理的には言ってることと思ってることが完全に破綻してるわけで
でも、そういう矛盾を抱えたままものを言う権利もあるでしょう、
と思ったからサイトを続けたわけですけども。

みんなは凄く興味を持っているのに、
私がこのサイトであんまり具体的な数字というのを取り上げたがらないのは
ひとつには過剰に数字に拘るのが（何キロで何センチでBMIがいくつで今日は何をいくつ食べました・・・など）それ自体強迫観念的だから、
と思っているところがあるんですけども、
もうひとつ、数字を扱わなければ自分のボディサイズについても触れなくていいから
っていうのは、はっきり言ってあるわけですよね。
なんだ、この人私よりデブじゃん、と思われたら私の言ってることの半分くらいは信憑性がなくなるでしょう、
という観念もどこかにあったわけで。


そういうことを考えたときに思い出した、ひとつ面白い文章があるのでここに引用してみます
        <![CDATA[
<blockquote>
フェミニズムっていっちゃうと、むかしすごくイヤだったのは、ブスな女ががんばってムキになってやっているというイメージがあったこと。
自分もやっぱりブスだからそういうのにくわわるのはみっともない。
むしろ努力して、男の子に近づいて対等に扱ってもらったほうがいいって思っていた。
すごく興味があったのはたしかなんだけどね。
</blockquote>

これのどこが面白いかっていうと
「フェミニズム」を「ダイエットをやめる」
「ブス」を「デブ」、
「男の子」を「痩せた女の子」
というふうに勝手に脳内変換して読んだから、なんですけども。
だからひと言で言ってしまえば
「私が真剣に言っていることに対して『デブがひがんでる』って馬鹿にされたらどうしよぅ」
という気持ちですよね。

この文章は「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=432665189X%20&tag=noranopoket04-22&index=blended&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">女はなぜやせようとするのか-摂食障害とジェンダー</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=noranopoket04-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」という論文の中のものです
摂食障害を経験したことのあるFさんという女性が
フェミニズムに出会うことで精神的な回復に向かっていく過程を
著者が直接インタビューしてまとめた部分なのですが、
これについて続きをもう少し見てみます。

<blockquote>
このように自分自身を差別し、おとしめる価値観に対して、Fさん自身が「異議申し立て」をすることをはばむ社会的な力が強く働いてもいた。<br/>
たとえば＜ブスのひがみ＞といわれても、自分がなかなか言いかえすことができない社会的なカラクリを理解していったという。<br/>
--中略--<br/>
そのような自分自身のうまく表現できない感情や違和感こそが、じつは「性差別」に起因しているものなのだということを、Fさんは認識していったのである。<br/>
Fさんはその発見を次のような言葉で表現している<br/>
<br/>
「ひがみとかをふくめてものをいってもいいし、そういうことをふくめて問題にできるんだっていうことに気づかされたというか。<br/>
私はひがまされているんだ、からかわれているんだっていうふうに思えたことかなあ。」<br/>
<br/>
それまでのFさんは＜ブスのひがみ＞という言葉に象徴されているように、自らの感情や経験をまっこうから否定させられるような解釈をあたえられていた。<br/>
摂食障害になってしまった原因についても＜やせることがすべてを解決してくれるかのように＞信じ込んでいた＜自分の思いこみのはげしさ＞によるものだとFさんは解釈していた。<br/>
このように＜理不尽さ＞や＜もどかしさ＞といった自らの感情を否定して、それをたんなる＜ひがみ＞や＜思い込み＞にすぎないのだと考えているかぎりは、人々の自分に対するあつかいには問題があることを、Fさんはハッキリと主張することができなかったのである。<br/>
<br/>
それに対して＜ひがみとかをふくめてものをいってもいいんだ＞という発見は、そのような閉塞的な状況を打開する力をFさんにあたえてくれた。<br/>
いわば、Fさんは自分自身の感情をよりどころにしながら、自分のおかれている社会的状況を読みとくための認識の道具を獲得したのである。<br/>
「自分自身の感情をよりどころにして、自分のおかれている状況を解釈する権利が自分にはあるのだ」ということを主張することによって、Fさんは自分自身の感じてきた＜理不尽さ＞や＜もどかしさ＞といった感情を言語化する道をきりひらいたといえるのだろう。<br/>
</blockquote>

そして以下はこのFさんから、この本の著者への手紙の中の文章、Fさん自身の言葉です。

<blockquote>
結局、「私はブスだ」というコンプレックスは、ずっとうすいベールのように、私にまとわりついてきました。<br/>
悩んだり、ゆきづまったりするたびに、「私は美しくない」ということが大きな問題として浮かび上がってくるのです。<br/>
昔ほど病的にとりつかれているわけではないけれど、長びいた鼻カゼのようにすっきりしない、というった感じです。<br/>
私は、女として価値がないのだと思わざるをえなかった文化を認識できたとともに、そのような価値基準に自分をあてはめたくないと強く思っているはずなのに、なぜ容姿に関するコンプレックスをぬぐいきれないのか、ずっと自分でも不思議に思ってきました。<br/>
ましてや、私のことを人格も容姿も含めてあるがままにうけとめようとしてくれた人をみつけたにもかかわらず、私はこのコンプレックスを克服できなかったのです。周囲の人間はいろいろな形で私を認めようとしているのに、なぜ私ひとりが容姿にこだわるのか・・・？<br/>
そんな逆転した状況さえ生まれました。<br/>
<br/>
ここ一年でなんとなく見えてきた答えは、私には「私はブスである」というコンプレックスが必要不可欠になっていたんだ、ということです。<br/>
私は自分をブスにしておくことで、何らかのメリットを受けていたのです。<br/>
すいません、この「メリット」がどういうものであるかについては、きちんとした分析が書けないのですが、私はいつの頃からか自分のおかれたマイナスの環境を糧に前身するというエネルギーの出し方をするようになっていたのは確かです。<br/>
（--中略--）<br/>
自分はみんなより一段低いところから出発したという自己陶酔が必要だったのかな？<br/>
こういうマイナスのエネルギーは初めは愛されない（もしくは愛された記憶のない）子どもの自己防衛策だったんでしょうけど、いつからか、「ブス」というのは私のアイティンティティの重要な一部となっていたみたいです。<br/>
解放されたいと思いながら、その特権（私の場合は何になるのかしら？）は手放したくないという、<br/>
一部の被差別者に見られる現象ですよね。<br/>
</blockquote>

＜ブスのひがみ＞＜デブのひがみ＞についてちょっと考えたわけです。
この社会にいて、（まあ殆どいかなる容姿であれ）
そういうことを言われる可能性がある、という事実はあると思うんですね。
じゃあそれらがあるとして、その可能性を引き受けた上で私たちはどう生きていくんだろう、
っていう、やっぱり話はそこにいくんじゃないか、っていうことを思ったんです。
で、このFさんのように「社会」という視点でものを見て、それを変えていこう、というふうに取り組んでいく、という方法とか
それから完全に「個人」の内的な問題として取り組んでいく方法もあると思うんですけども。

そういうことについて、何か思うところ在る人がいたら意見を聞きたいな、と。


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]]>
    </content>
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    <title>Amazonポイント最大5％還元キャンペーンのお知らせ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/amazon5.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1606" title="Amazonポイント最大5％還元キャンペーンのお知らせ" />
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    <published>2007-08-02T00:31:01Z</published>
    <updated>2007-08-02T00:36:02Z</updated>
    
    <summary>すみません、思いっきり宣伝ですが アマゾンで8月1日から8月29日までAmazo...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="管理人のつぶやき" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[すみません、思いっきり宣伝ですが

アマゾンで8月1日から8月29日までAmazonポイント最大5％還元キャンペーンやってます。
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以上業務連絡でした、ピンポンパンポン！]]>
        
    </content>
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    <title>脂肪という名の服を着て　レビュー２</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1605" title="脂肪という名の服を着て　レビュー２" />
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    <published>2007-08-01T23:33:41Z</published>
    <updated>2007-08-01T23:36:53Z</updated>
    
    <summary>脂肪と言う名の服を着て 完全版 レビュー１から続いています。...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396762798/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">脂肪と言う名の服を着て 完全版<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/2122XE8CPCL.jpg" alt="脂肪と言う名の服を着て 完全版" border="0" /></a>


<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_245.html">レビュー１</a>から続いています。]]>
        

最後は「のこ」が通ったエステの担当者と久しぶりに会います

このときすでに再び太っていた「のこ」は言います
「やせてたときあたし・・・
あんまりいいいことなくて
周りの人も太れ太れってすごくって
あたしがやせたことでバランスくずす人とかいて
見てるのつらくて」

それに対するエスティシャンの言葉
「太ったのはそうやって人のせいにしているあなた自身のせいなのよ」
「たぶん繰り返すわね
身体じゃないもの
心がデブなんだもの」

そして「のこ」が最初と同じように
「食べて力をつけるんだ」といいながら大量の食物を詰め込むシーンで物語は終わります

このエステの担当者の台詞で
視点は「周囲にとっての、のこの脂肪」ではなく
「「のこ」にとっての、のこの脂肪」に変わるわけですが
「心がデブ」というのは
タイトルの「脂肪という名の服をきて」に戻ってきていて、
おそらくは心が脂肪という名の服を着ている、
ということなんじゃないかなって感じがしました

もしも、いわれなく軽蔑されなければならない状況の中で
「のこ」の方に何か非があるとすれば
「自分を大事にできなかった」という点でしょう
おとなしくしていろ、
安らぎの存在でいろ、
劣った存在でいろ、
虐げられるものであれ、
という周囲の期待に対して
「そうではなくて私はこうしたいのだ」と宣言するよりも
周囲の期待に添うてしまうことの方がずっと簡単、と思って
「自分はどうしたい」という思いを食べ物とともに飲み込んでしまった
そうして心に脂肪という名の服を着こんで本当の自分というものをすっかり隠してしまった、

「心がデブ」という言葉は賛成しませんけども
「のこ」は自分自身に対する評価を変えない限りは
ヨーヨーダイエッターでいるしかないだろうと、確かに思います

「痩せれば解決する」と思い、ダイエットをし
実際に痩せてしまうと、「裸の心」で苦しみや悲しみを感じることに耐えられずに
もう一度「脂肪という名の服」を着る
みんなの平和のために一番有意義な方法は自分の心を殺すことだ、と信じることをやめない限り
「のこ」の心には「脂肪という名の服」が必要であり続けるのではないか、

というふうに考えさせるラストです
（でも読むのが辛いことのひとつには最後まで読み通したときに
どうもこの本そのものが「太っていることへの断罪」であるように見えなくもないなあ、
ということが多少感じさせられるからで。
非常に独特で面白い切り口だな、とは思いつつも
たぶんその点でなんとなく気分が暗くなるのだと思う。）

    </content>
</entry>
<entry>
    <title>「脂肪という名の服を着て」　レビュー１</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_245.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://nora.ddsystems.info/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=20/entry_id=1604" title="「脂肪という名の服を着て」　レビュー１" />
    <id>tag:nora.ddsystems.info,2007:/antidiet//20.1604</id>
    
    <published>2007-08-01T23:29:36Z</published>
    <updated>2007-08-01T23:43:07Z</updated>
    
    <summary>脂肪と言う名の服を着て 完全版 コミックです。 タイトル読んだだけでも凄い感じが...</summary>
    <author>
        <name>ノラ</name>
        
    </author>
            <category term="摂食障害の本などのご紹介" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://nora.ddsystems.info/antidiet/">
        <![CDATA[<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4396762798/noranopoket04-22/ref=nosim/" target="_blank">脂肪と言う名の服を着て 完全版<br /><img src="http://ec1.images-amazon.com/images/I/2122XE8CPCL.jpg" alt="脂肪と言う名の服を着て 完全版" border="0" /></a>

コミックです。
タイトル読んだだけでも凄い感じがしますけど
中読んでも凄かったですね。

うん、明るい気分にはならない。
というか、本当に身に覚えのある人はちょっと辛くて読めないのじゃないか、
という気もします。
悲しみを心に押し込んで無茶食いするシーンは私もやや気分悪くなりました。
非常に興味深い一冊なんですけど、
イメージによってトラウマ刺激されやすい人にはあまりお勧めできないので
私のレビューだけ読んでください^^

以下ネタバレです]]>
        <![CDATA[簡単に言うと「太っていて地味な」女の子が
痩せて、また太る、という話です。

子供のころから太っている「のこ」という名前の主人公なんですけども
「食べていれば何も考えなくてすむ」
「食べて力をつけるんだ」というおとなしい人です

話を深めているのは、「のこ」が太っているのは
「のこ」にだけ関係したことじゃない、というところですね。
彼氏、女友達、職場の同僚、上司、
みんなにとって「のこが太っていること」は
実は非常に意味がある、ということが、
「のこ」が痩せることによって白日の元に晒されます。

「デブ」と根拠もなく差別されても納得し、
「やすらぎを与える存在」でなければといつも優しく、
「太っているから」なんでも我慢する、
そういう役割をみんなが「のこ」に押し付けるために
「のこ」の脂肪を必要とし、利用しているんですが
実際にその「脂肪」の重さを背負って「デブ」といわれるのは「のこ」で
一人で傷つき、癒されんがために食べ続けます。


一番面白いキャラクターに見えたのが
サディスティックな性格でスリムで美人の同僚マユミなんですけども
殆ど強迫観念的に「のこ」を差別します
性格異常者といえるほど、嫌がらせに徹する人なんですが
実は「のこ」が「負け組み」であると、宣言することによって
自分が「勝ち組」である、という意識をやっと保っているんですね
こんな独白があります

「昔からデブが嫌いだった。
モタモタしておびえているのも
堂々として自信ありげなのも同じようにイラつくの。
そんなときは容赦なくたたきのめしたものだわ
うちひしがれたデブを見ると不思議ね
心が落ち着いて浄化されてますます自分がキレイになる」

マユミが「あんたみてるとイライラするわ。デブ」という風に言うとき、
その言い方はまるで太っていることは明らかに道徳的な悪で
痩せているマユミは無条件で太った「のこ」より良い人間であり、
当然の立場からものを言っている、
というような雰囲気さえ漂わせているんですが
実は病理を持っているのはマユミなんですね
誰かに「デブ」と言うことでしか自意識を保てないのはマユミです。
でもその病理によって傷つくのは何の関係もない「のこ」なんです

この構図が実に全編に渡って色々な形で現れています
みんながそれぞれ内に抱えているものを
「のこ」をデブだ、自分より下の、つまらない人間だ、
と決め付けることで「浄化」しています
そして「のこ」だけが全員の病理によって傷ついているわけです

吐くことを覚えてやせた「のこ」は
今まで言い返せなかった同僚のイヤミに言い返すことができるようになったり
綺麗な服を着て「他の女の子たち」のような外見になったり
少し自信を持って彼氏に話かけてみたりします
しかし、みんなは「のこがやせた」という現実から頑なに目を逸らします

「のこ」の独白
「一度ついた脂肪はとれないのか
人の頭の中についた「デブな人」という脂肪
彼らのイメージの中であたしは永遠に太ったままやせることは許されない」

ちょっと話が脱線しますが
これはまさに林真理子さんが大幅に痩せて、その後リバウンドしたときに言ったことなんですよね。
「二十キロ痩せても相変わらずマスコミにデブと言われ続けた」から
また太ったんだ、という風に雑誌アンアンで語ったそうです。
（参考文献：「<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=4838700369&tag=noranopoket04-22&index=blended&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211">寂しい女は太る</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=noranopoket04-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />」）
これがまさに、マスコミこそがマユミの化身だと思うのですが
要するにみんなが安心しているんですよね
「林真理子って人はブスでデブで、あれに比べたら私の方がマシ」
という、
それはもとは彼女自身がナイーブなサービス精神からから作り上げた
親しみやすさのイメージなんですが、
その居心地良さに安心した周囲がそれを取り上げることを許さなくなる、
「あんたはデブでブスで私より格下の人間でいなさい」という無言の威圧を持って
20キロ痩せたということから目を逸らす、
という、暴力的な構造が林真理子さんをもう一度太らせています。
（古い話ですが、この話自体が林真理子さんをモデルにしたんじゃないかと一瞬思った）

だから、かなりはっきりマゾヒスティックな性格に書かれていますが
マユミはちっとも特殊な人ではないし、
誰の中のにも居る人格、
私の中にもいるでしょうし
「デブ」といわれて傷ついている人の中にさえ往々にして存在し
そして社会全体の中にも顔のない形で存在している特質だと思います。

その正体は「あんたに比べたら私の方がマシよ」という根拠のない差別、
病理を持っている者がその痛みだけを人に押し付け、
そしてその痛みを「もっと弱い人」のところに持って行こうとはしない人間が
結局一人黙って傷つく、という暴力構造だと思います。

→<A href="http://nora.ddsystems.info/antidiet/2007/08/post_246.html">レビュー２</a>へ続く


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