北海道カヤック旅
釧路川源流部

- 釧路川源流部(眺湖橋から美留和橋まで7キロ程度)
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釧路川源流部日記 2006年08月31日
屈斜路湖の隅っこに掛かっている眺湖橋という低い橋を
頭をすりつけるようにして漕ぎ出るとそこから釧路川が始まる
流れる水の速度は駆け足くらいだ
木々が薄暗くのしかかってくる中をゆく
あちこちに倒木があり、長く伸びた枝のトンネルがあり、杭が立っている立っている中を
顔面の筋肉にまで力を入れながら回避して漕いでいく
一人で乗っているのにうりゃ、うりゃ、えいやっと無駄に賑やかなのは
どこかの筋肉が緩むとたちまち倒木に引っかかりそうな気がするからだ
私は方向感覚が極めて怪しい
多分左右の感覚が全然ないんだと思う
「右」っていう言葉を実際の世界に関連づけるには
心の中で一旦「お箸持つ方の手」と呟いて目立たないようにこっそりお箸を握るアクションをしてみてからでないと
自分にとっての右ってものが分からない
これは何人かにアンケートしてみたのだけど
「右ってどっち?」って聞いてから「今、お箸のこと考えた?」って聞いてみたら、
大抵の人は考えていないのであるな
そんなわけで私が方向について何かのアクションを取る時には
大抵の人より持って回ったややこしい回路を色々と経由しなくちゃいけない仕組みだ
そんな人間が川を流されていると
パドルをどう動かせばフネがどっちに曲がる、ということが突然分からなくなる
さあ右手に倒木が見えてきた、コレは避けないといけないのである、
このまま進むわけにはいかないのである
という状況下でも駆け足の速さでで流されながら
「私はこっちに曲がりたい訳だからどっち側を漕げばいいのだ?
もしくはどっち側をブレーキすればよいのだ?」ということを猛烈に考える
できればそのあたりは「体が勝手に動いて」くれると私自身は凄く楽なのだけど
私の体ってのは自分の左右の方向と外界の左右の方向が直接結びついてないので
右脳と左脳で緻密な情報のやりとりなんかしてる間に
件の倒木は時速五キロで我がフネに近づいている訳である
あっちに突っ込みこっちに突っ込み
あっちをひっかき、こっちを引きずり
挙げ句は百八十度回って後ろ向きにドンブラ流されたり
そりゃあもうなかなか強烈に愉快な体験をした
三キロほど流されたところにあるみどり橋でフネと私をピックアップに来てくれた車が不安気に待っている
なんでたった三キロの行程なのかと言えば私のパドルさばきを信頼してないが故に
比較的安全なところのみ漕がせとけという極めて当然だけどつまんない計画を最初に立てられてしまったからであり、
でも流れてるフネなんてどうせ乗ってる人にしか止められやしないんだからと思って
「美留和橋まで行きまーす」
と叫んでそのまま目の前を通過した
後ろで何事か叫んだ声がしたが、こっちは右脳も左脳も人手不足で忙しいのだ…
ということで川に専念した
アオサギが悠々と飛翔し
カワセミがきらと背中を光らせて道案内をし
無数のキセキレイ達が鮮やかな色の腹を見せて休んでいる
川は自分の鼓動の速さで私を運んでいく
倒木を避けてあっち漕ぎこっち漕ぎしながらも
川の表情は十分に優しく見えている
もっともっと流されてみたくなる
緩くなったところでほっと息をついて水に手をつっこむと
流れの速さは川の皮膚で、とっても親密に気持ちを伝えてくるんだという感じがする
たくさんのものがみんな夏の一日を喜んでいた
運搬の車を裏切ってさらに四キロ先の美留和橋までいきたかったのは
ちょっと「瀬」ってヤツを漕いでみたかったのだ。
瀬とはなにかっていうと流れが速く変則的だったりする注意箇所のこと(だと思う)
地図で見ると美留和橋の手前の所に「一級の瀬」というのがふたつある
見てみたい、乗ってみたい、漕いでみたい、と思ってしまったのだ
でもこれ、あとで調べてみると等級は一級から六級まであって
六級の定義は「漕行不可能」ってことなのだけど
じゃあ一級の定義はというと「殆ど静水」となっていたからあとでちょっとがっかりだった
それなりのスリルで楽しんだけど、大して自慢にもならなかったな
勿論そんな虚栄心に関係なく逆らってくるようにぼこぼこと波立つ流れの真ん中を漕ぐ感じは
手の平に川の感覚がよく伝わってきて気持ちよかった
結局出発から一時間あまりで美留和橋に到着
この先は今乗っている形のフネではもう無理らしいのだ
ずりずりずり、と20キロのフネを川から橋の袂に引きずり上げる
三十分前に私に裏をかかれた迎えの車はどこにも見あたらない
ヨーロッパ風バスタブに浸かるようにカヤックの中にひとり潜り込んで
手帳に川旅旅行記を書き付けて過ごした
いやあ、二三回沈するだろうからまだまだ来ないと思ってたよお
と言い言いその車は迎えに来た
あちこちすりむいたり
後ろ向きに流されたり
一人で奇声を発したりしてとても楽しかったのだと報告し
そうしてフネを積んだ
さらさらさらさらさらと羨ましい釧路川は
私を残してもっともっと遠くまで流れていった
