オホーツクグルメ
昭和のケーキ2

- 昭和のケーキ2 *膨らむ憧れ編*
【PR】ネットで副収入 GETMONEY! 私の田舎暮らしを支える副収入のひとつ。登録三ヶ月目くらいから収入になりはじめました。→解説サイト:ゲットマネー研究所
昭和のケーキ2日記 2006年11月29日
その日の私のミッションは
とにかく郷愁をそそるケーキを作ることで
味のいいケーキを作るとか
上品なケーキを作るとか
食べやすいケーキを作るとか
そういうことは全部とりあえず後回しで
目下重大な目的ってのは
昭和の子供が夢見た憧れのケーキを再現、っていう
そういう企画の日だった
まず第一のポイントは
それがホール(丸ごと)であることで
ナイフで三角に切りわけて、倒れないように自分の皿にそろそろと移す、
っていうイベントができなければならないわけだから
まず大きくて丸い形のケーキ型を探すところから始まる
でもあまり大きいと我が家の唯一無二のオーブンであるところの魚焼きグリルに入らないから
有無をいわさずブリキの丸型お弁当箱に決定する運びになったわけ
それから第二のポイントは
できるだけほわほわにかさ高く焼き上げることだ
高さのあるケーキってそれだけで結構現実離れして憧れをそそるような気がするんだな
この高さのあるスポンジを層状に切って間にクリームや果物を挟むのが
いわゆるレイヤーケーキってやつで、
このレイヤー(層)も今回は結構大事なはずせないポイントになる
ちょっと話がとぶのだけど
このレイヤーケーキへの凄い執着を見せたのが
一世紀前のカナダの少女小説「赤毛のアン」の主人公アン・シャーリーなのだ
大好きな牧師さんがお茶に来る、というので張り切ってレイヤーケーキを焼くシーンで
膨らまなかったらどうしよう、どうしよう、と一日中騒いでいるけたたましい子で
結局うまく膨らんだけど香料と間違えて塗り薬を入れてしまったので食べられなかった、というオチがつく
アンの、周囲が見えない一生懸命っぷりが読んでいて楽しい部分なのだけど
ふと冷静になって思うのは「で、なんでそんなに大騒ぎしたの?」ってことだ
実はポイントはこのふわふわケーキが
いかに最新流行の、夢のお菓子だったかってところにある
注意深くアンを読んでいくとわかるのだけど
普段食べているのはビスケットとかパイとかの、あんまり膨らまない焼き菓子で
もともそっちのほうが伝統なのだ
それが魔法の粉「膨らし粉」(アルカリの粉と酸性の粉の混合物で、水分や熱と反応してガスが発生し生地をふわふわとふくらませる)の発明があったことと
料理用ストーブが大型化して高さのあるものが焼きやすくなったこと、という
ふたつの原因があってふわふわと背の高いケーキが大流行した
それでもこの頃膨らし粉の品質は安定していなくて、
とんでもない粗悪品が多く流通していたので
実際使ってみるまではうまく膨らむかどうか、わからなかったようなのだ
料理のレシピ本なんてものも無いような時代に、しかも結構な片田舎の小さな島で
流行のケーキを作って、牧師さんにいいところを見せたくて張り切っていたアンが
たかが膨らし粉が悪いくらいでせっかくの計画がおじゃんになっては困ると
気もそぞろになっていたという、実はあれはそういう場面だったのだ
ちなみに間にはさんでいるのは果物のジャムだし、クリームを塗ったという記述は無い
もうひとつ、同じ時代のアメリカの少女小説で「大きな森の小さな家」シリーズがある
主人公ローラはアンと一歳しか違わないとは思えないほど食生活は貧しいのだけど
たった一度だけふんわりふくらんだケーキをつくるシーンが出てくるのは
ローラが結婚するときのウエディングケーキだ
どうやら魔法の粉「膨らし粉」は手に入らなかったらしく
ローラは卵白をひたすらあわ立ててその気泡でケーキを膨らませる、という方法をとる
しかしながらボールも泡だて器なんてものもなく
皿に卵白を入れてフォークで力いっぱい叩きつづける、という悠長なことをするわけで
まあ、粉も粗いだろうからあまり膨らまなかったろうし、凄く大変だったろうと思うのだけど
それでもやっぱりお嫁入りの時くらいは作りたい、憧れのケーキだったようなのだ
これは砂糖衣でコーティングしてケーキの乾燥を防いだようで
多分クリームも果物も載っていない
じゃあ、日本のふわふわケーキの歴史はどうなの、といえば
日本ではレイヤーケーキって言葉はあまり使わないわけで
イチゴが乗ってクリームが塗ってあるスポンジケーキを「ショートケーキ」と呼ぶ
たいてい層があって真ん中にも苺とクリームが入っている
イギリスやアメリカではクッキーとかビスケットとかさくさくした焼き菓子を
「ショートブレット」なんて呼んで、
それにクリームやら果物を載せて食べる習慣があって
それを日本人の口にあうように改良したのがショートケーキではないか、
と言うのが今日一般的なショートケーキ説で、実は日本オリジナルの洋菓子だってことになる
(ちなみに今田美奈子さんっていう洋菓子研究家はふわふわスポンジとクリームと苺の組み合わせはドイツからきた、と言ってます。
確かにドイツでは日本に似た繊細なデコレーションを楽しむケーキがあるようだ)
不二家か、銀座コロンバンとか、そのあたりが日本最初のショートケーキを作ったのだそうで
いずれにしても昭和の話であることは間違いない
自分では見てもないのにフライングして付け加えてしまうと
小津安二郎監督の「麦秋」という映画で
原節子さんが銀座で買ってきたショートケーキを大人たちが夜中に取りかこんで
「これいくら」
「九百円」
「・・・(絶句)」
という有名なシーンがあるのだそうで。
つまりはそういう食べ物だったのだ。
それが本当に庶民の手に入りやすくなってきたのは
冷蔵庫が普及し、砂糖が安くなった昭和三十年頃からで
お父さんが不二家の大きな箱を大切に抱えて帰る、というのが昭和のケーキの正しい光景になった
私なんかの世代では、すでにそれは不二家の箱じゃなくって
スーパーかコンビニで何かのついでに買った日糧パンの箱、とかになってるので
それはもうすでに「正しい昭和の憧れケーキ」じゃない
ケーキのほうだけは辛くも原型をとどめているんだけども
憧れは失墜している
だから要するに
その日の私のミッションは失墜した憧れを生き返らせるために
魚焼きグリルの天井に届けとばかり(すぐ届くけど)
高く高く膨らんだケーキを焼くところにあるわけだ
頑張れ、私
※長くなるので次回に続きます。
